2002年9月、小泉首相の電撃的な北朝鮮訪問により、金正日総書記は遂に日本人拉致を認めました。24年ぶりに実現した5人の被害者帰国、その感動の裏で繰り広げられた水面下の秘密交渉「ミスターX」との攻防、そして今なお解決しない8名の「死亡」宣告の謎について、日朝平壌宣言を中心に史料に基づきざっくり解説します。
この記事のポイント
- 突然消えた若者たちと拉致事件の背後にある「国家犯罪」の実態
- 小泉首相の電撃訪朝と金正日総書記が拉致を認めた決定的瞬間
- 「ミスターX」が暗躍した水面下の秘密交渉の全貌
- 24年ぶりの帰国を果たした被害者5人と家族の感動の再会
- 「死亡」とされた8名の謎と、今も続く日本政府と北朝鮮の攻防
日本人が消えた
1970年代から80年代にかけて、日本各地で若者たちが突然姿を消す事件が相次ぎました。
- 北朝鮮の工作員たちが、沿岸部などを中心に拉致を行っていた
- 中学1年生の横田めぐみさんは、バドミントン部の練習を終えて帰宅する途中であった
- 北朝鮮側は、工作員が正体がばれる危険を感じ、それを防ぐためにめぐみさんを拉致したと説明している
- 横田滋さんと早紀江さん夫妻は、必死に娘を探し続けた
声を上げた家族たち
転機が訪れたのは、1997年のことでした。元北朝鮮工作員による「めぐみさんを平壌で見た」という証言が報道されたのです。
- 同年3月、拉致被害者の家族たちが立ち上がる
- 家族会は、政府に真実を明らかにするよう、訴え続けていた
- 2003年、家族たちはジュネーブで、国連の「強制的失踪作業部会」に訴えた
- 「救う会」や「拉致議連」といった支援組織も生まれ、活動の輪は広がっていく
ミスターXとの秘密交渉
2001年末、外務省の一人の官僚が極秘任務に就きます。その人物は、アジア大洋州局長の田中均でした。
- 外務省内で「ミスターX」と呼ばれていたこの人物は、金正日総書記の信頼を得ている高官とされている
- 田中局長とミスターXは、北京や大連で密かに会談を重ねた
- この交渉は、官邸と外務省のごく限られた関係者の間で、徹底した秘密主義のもとで行われた
- 国家の命運を左右する重要な交渉でありながら、その全貌は今も明らかになっていない
金正日が認めた
2002年9月17日、歴史的な日が訪れます。小泉純一郎首相が、北朝鮮の首都・平壌を訪問したのです。
- 約1年にわたる秘密交渉の成果が、ここで試されることになった
- 北朝鮮は、長年否定し続けてきた日本人拉致の事実を、公式に認めた
- 金正日氏はそう約束し、その発言は世界を驚かせる歴史的な瞬間となった
- 北朝鮮側は、日本政府が照会した13名について「4名が生存、8名が死亡、1名は入国確認できず」と説明した
24年ぶりの抱擁
2002年10月15日、この日を待ち続けた人々がいました。羽田空港には、拉致被害者の家族たちが集まっていたのです。
- 政府のチャーター機が、北朝鮮から5人の拉致被害者を乗せて飛び立つ
- タラップが降ろされ、5人が姿を現した瞬間、出迎えた家族たちの間からどよめきが起こった
- 5人は、わずかな時間ではありましたが、家族と再会し、その後、記者会見に臨む
- 娘のめぐみさんについて、北朝鮮は死亡したと主張し続けていたからである
返さない
5人の帰国は、当初「一時帰国」とされていました。直後、この方針を巡って政府内で議論が始まります。
- 北朝鮮側は、約束通り5人を戻すよう強く求めていた
- 政府の中では、5人をどう扱うべきか、意見が交わされていく
- 当時、内閣官房副長官を務めていた安倍晋三氏は、拉致問題に強い関心を持っていた
- 連日のテレビ報道で、拉致被害者と家族の姿が全国に伝えられている
まだ終わっていない
2004年5月、小泉首相は再び北朝鮮を訪問します。この2度目の首脳会談で、曽我ひとみさんの家族の問題が動きました。
- 7月18日、曽我ひとみさんの夫で元アメリカ兵のチャールズ・ジェンキンスさんと2人の娘が日本に到着し、曽我さん一家は再会を果たした
- 北朝鮮が死亡したと主張する8人の被害者について、日本政府は納得していない
- 2004年11月の実務者協議で、北朝鮮は横田めぐみさんの「遺骨」とされるものを日本側に提供した
- 帰国した被害者の証言や日本側の検証から、北朝鮮の「死亡」説明には食い違いがあると指摘されている
流れで見る日朝平壌宣言の真実とは?北朝鮮拉致問題の転機
動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。
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日本人が消えた
1970年代から80年代にかけて、日本各地で若者たちが突然姿を消す事件が相次いだ
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声を上げた家族たち
転機が訪れたのは、1997年のことであった
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ミスターXとの秘密交渉
2001年末、外務省の一人の官僚が極秘任務に就く
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金正日が認めた
2002年9月17日、歴史的な日が訪れる
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24年ぶりの抱擁
2002年10月15日、この日を待ち続けた人々がいた