第一次オイルショック(第一次石油危機)を、1973年の第四次中東戦争から広がった原油高騰、トイレットペーパー騒動や狂乱物価、そして省エネルギー政策まで、史料にもとづきコンパクトに整理します。
この記事のポイント
- 石油に依存した高度経済成長期の日本の実態
- 第四次中東戦争とアラブの石油戦略の衝撃
- トイレットペーパー騒動と狂乱物価の実態
- 省エネルギー政策による日本の産業構造転換
- オイルショックが現代日本に与えた長期的影響
石油に依存した高度経済成長の日本
第一次オイルショックを理解するには、まず1973年当時、日本がどのような状況にあったのかを知る必要があります。
- 1960年代から1970年代初頭にかけて、日本は高度経済成長期の真っただ中にあった
- しかし1960年代半ばには、その座を石油が奪いる
- 石油が圧倒的に安価だったためである
- その割合は、長い間わずか0.5パーセントにも届きなかった
第四次中東戦争とアラブの石油戦略
1973年10月6日、エジプトとシリアが突如としてイスラエルに攻撃を開始しました。
- 1967年の第三次中東戦争で、イスラエルがエジプトのシナイ半島やシリアのゴラン高原などを占領していたためである
- 戦争が始まると、アメリカはすぐにイスラエル支援を表明し、大規模な武器供与を開始した
- ペルシャ湾岸の6カ国、具体的にはサウジアラビア、クウェート、イラン、イラク
- イスラエルを支援する国々への石油輸出を段階的に削減すると発表した
パニック!トイレットペーパー騒動と狂乱物価
第一次オイルショックで最も有名な出来事といえば、トイレットペーパー騒動です。1973年10月下旬から11月にかけて、日本中のスーパーやデパートからトイレットペーパーが姿を消しました。
- トイレットペーパーの騒動は、噂と報道が重なって全国に広がったものであった
- トイレットペーパーの原料となるパルプは国内で十分に生産されており、石油とはほとんど関係がなかった
- 「石油がなくなる」という不安が広がると、「物流が止まる」「生産が止まる」「紙も作れなくなる」といった連想が次々に生まれた
- 政府や製紙会社は「在庫は十分にある」と繰り返し発表しましたが、効果はなかった
省エネルギー政策と日本の大転換
オイルショックという未曾有の危機に直面した日本は、根本的な方向転換を迫られました。
- 1973年12月、政府は「石油消費節減運動」を開始した
- マイカーの使用自粛が呼びかけられ、高速道路は低速運転を促し、日曜ドライブの自粛も広がっていく
- 製造業は、エネルギー効率の改善に本腰を入れ始める
- トヨタ、日産、ホンダなどは、省エネ技術の開発に莫大な投資を行った
オイルショックが変えた日本社会
第一次オイルショックは、単なる経済危機ではありませんでした。それは日本社会全体を根底から変える、大きな転換点です。
- 長く続いた高度経済成長が終わり、日本は安定成長の時代へと移った
- 重化学工業中心から、省エネ型の産業へとシフトが進んだ
- 日本の企業もまた、成長の形を変えていいた
- 日本は中東諸国との関係強化に乗り出し、「資源外交」を展開するようになる
流れで見る第一次オイルショック
動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。
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石油に依存した高度経済成長の日本
第一次オイルショックを理解するには、まず1973年当時、日本がどのような状況にあったのかを知る必要がある
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第四次中東戦争とアラブの石油戦略
1973年10月6日、エジプトとシリアが突如としてイスラエルに攻撃を開始した
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パニック!トイレットペーパー騒動と狂乱物価
1973年10月下旬から11月にかけて、日本中のスーパーやデパートからトイレットペーパーが姿を消した
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省エネルギー政策と日本の大転換
オイルショックという未曾有の危機に直面した日本は、根本的な方向転換を迫られた
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オイルショックが変えた日本社会
第一次オイルショックは、単なる経済危機ではなかった