1976年、日本中を震撼させた「ロッキード事件」。田中角栄逮捕という衝撃的な結末に加え、「ピーナッツ」という隠語や「記憶にございません」といった名言が飛び交い、社会現象となりました。しかし、この事件には未だ解明されていない「巨大な闇」が存在すると言われています。なぜ田中角栄は狙われたのか?激しい権力闘争「三木おろし」との関係は?戦後政治の転換点となった大事件を、当時の熱狂や時代背景とともに徹底解説します。
この記事のポイント
- 田中角栄逮捕の衝撃とその背景
- 「ピーナッツ」「記憶にございません」の由来
- 闇のフィクサー児玉誉士夫とP3C疑惑
- 三木おろしと権力闘争の裏側
- 事件が残した政治不信と遺恨
衝撃の幕開け
事件の第一報は、日本時間の1976年2月5日早朝、アメリカから飛び込んできました。
- ロッキード社が、航空機を外国に売り込むために、各国の政府高官に巨額の賄賂を贈っていたという
- 証言によると、ロッキード社はトライスターという新型旅客機を、全日空に売り込もうとしていた
- 新聞は連日一面トップで報じ、テレビのニュースもこの話題で持ちきりになる
- 当時、日本の家庭では「トライスター」という言葉が、流行語のように飛び交いた
闇のフィクサーたちとP3Cの闇
この事件がただの汚職事件と違ったのは、政治家や企業の裏側で、暗躍する怪物たちの存在があったことです。
- 児玉は戦前から活動し、戦後はA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監された過去を持つ
- 児玉はロッキードの秘密コンサルタントとして動き、P-3Cをめぐる疑惑とも深く結びついていたと言われる
- 児玉に期待された役割は、旅客機トライスターの導入だけではなかった
- 民間機であるトライスターと違い、防衛装備の導入には国家予算が直接使われる
標的・田中角栄と三木おろし
捜査の手はいよいよ政界の核心、最高権力者の元へと伸びていきます。標的となったのは、前総理大臣、田中角栄でした。
- それでも最大派閥である田中派を率い、政界の力関係を左右する立場にあった
- そこには、当時の激しい政治闘争があった
- クリーン三木を掲げる彼は、事件の発覚を重く受け止める
- 特に田中派や疑惑の議員たちにとって、三木の正義感は自らの首を絞める脅威となる
生々しい金の流れと逮捕
検察の捜査が進む中で、カネの流れが次第に明らかになっていきます。その中心にあったのが、丸紅ルートでした。
- 丸紅の専務だった伊藤宏から、田中角栄の秘書である榎本敏夫へと、現金が手渡された
- ロッキード事件を象徴する場面として語られるのが、ホテルオークラや丸紅本社の地下駐車場での現金の受け渡し
- 伊藤専務の車から、榎本秘書の車へと、次々と段ボール箱が積み替えられていいた
- 運命の1976年7月27日がやっていた
事件の深層と遺恨
逮捕された田中角栄は、保釈後も政治活動を続け、裁判で無罪を主張し続けました。彼は、総理大臣がはした金で政策を曲げるはずがないと訴えています。
- 一審の東京地裁は懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を言い渡し、続く二審でも有罪判決が下された
- そして1993年、最高裁の判決を聞くことなく、この世を去った
- 事件の核心を知る人物たちが次々と世を去り、真相の一部は永遠に闇の中へと消えた
- 戦後日本の高度経済成長の裏側に溜まった膿が、一気に噴き出した瞬間であった
流れで見るロッキード事件
動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。
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衝撃の幕開け
事件の第一報は、日本時間の1976年2月5日早朝、アメリカから飛び込んでいた
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闇のフィクサーたちとP3Cの闇
この事件がただの汚職事件と違ったのは、政治家や企業の裏側で、暗躍する怪物たちの存在があったことだ
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標的・田中角栄と三木おろし
捜査の手はいよいよ政界の核心、最高権力者の元へと伸びていく
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生々しい金の流れと逮捕
検察の捜査が進む中で、カネの流れが次第に明らかになっていく
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事件の深層と遺恨
逮捕された田中角栄は、保釈後も政治活動を続け、裁判で無罪を主張し続けた