朝鮮戦争が日本経済に与えた巨大な影響とは?この動画では、1950年から1953年の朝鮮戦争によって生まれた特需景気が、戦後日本の復興と高度経済成長の礎となった歴史的経緯をざっくり解説します。
この記事のポイント
- 朝鮮戦争勃発の背景と米ソ冷戦の影響
- 特需景気で日本企業が受注した軍需物資の実態
- トヨタ、日産などの企業が特需で急成長した経緯
- 特需がもたらした日本社会の変化と問題点
- 朝鮮戦争後の高度経済成長への道筋
朝鮮戦争はなぜ起きた?米ソ冷戦と分断された朝鮮半島
朝鮮戦争を理解するためには、まず第二次世界大戦が終わった後の世界情勢を知る必要があります。
- 一方はアメリカを中心とする資本主義の国々、もう一方はソビエト連邦を中心とする共産主義の国々
- 朝鮮半島は、1910年から1945年までのあいだ、日本の植民地であった
- 米ソの対立が深まるにつれて、南北の境界は次第に動かせないものになっていく
- 韓国も北朝鮮も、どちらも「自分たちこそが朝鮮半島の正当な政府だ」と主張
特需景気の始まり!アメリカ軍からの大量注文
朝鮮戦争の勃発をきっかけに、日本の経済は劇的に変化しました。その原動力となったのが「特需」です。
- 1950年6月25日に朝鮮戦争が始まると、まもなく日本企業にアメリカ軍から大量の注文が舞い込んだ
- 当時のトヨタは経営が行き詰まり、まさに危機的な状況にあった
- 日本中の企業が、次々とアメリカ軍の注文を受けることになった
- 理由はいくつかある
どんなものが売れたのか?特需の中身と日本企業の変化
では、実際にどんなものが特需として注文されたのでしょうか。その内容を詳しく見ていきましょう。
- 直接特需とは、アメリカ軍が戦争に必要な物資を日本企業に直接発注したもの
- トヨタだけでなく、日産やいすゞといった企業も大量の注文を受け、24時間体制で製造ラインを動かした
- 戦車の修理や橋、基地の建設など、あらゆる場面で鉄鋼が欠かせなかった
- 軍服、毛布、テント、土嚢など、様々な繊維製品が必要とされる
日本社会はどう変わった?特需がもたらした光と影
朝鮮戦争特需は、日本経済だけでなく、日本社会全体に大きな変化をもたらしました。
- 特需が始まる前の1950年前半、日本の完全失業者は約70万人規模
- 1950年から1953年の間に、名目賃金は大きく上昇する
- アメリカ軍基地の周辺では、アメリカ文化が流入
- 東京や横浜、神戸では、特需で勢いづいた企業がビルを建て始める
朝鮮戦争後の日本!高度経済成長への道
1953年7月27日、朝鮮戦争は休戦協定の調印によって、戦闘が停止します。これは正式な終戦ではなく、あくまで休戦。
- 1954年の特需はピークから縮小し、約6億ドル規模になる
- 実際、1954年から1955年にかけて、日本経済は一時的に落ち込んだ
- 特需の3年間で日本の経済そのものが力をつけていたからである
- 1954年11月、日本経済は「神武景気」と呼ばれる拡張期に入り、再び成長の波に乗った
流れで見る朝鮮戦争と特需景気
動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。
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朝鮮戦争はなぜ起きた?米ソ冷戦と分断された朝鮮半島
朝鮮戦争を理解するためには、まず第二次世界大戦が終わった後の世界情勢を知る必要がある
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特需景気の始まり!アメリカ軍からの大量注文
朝鮮戦争の勃発をきっかけに、日本の経済は劇的に変化した
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どんなものが売れたのか?特需の中身と日本企業の変化
その内容を詳しく見ていく
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日本社会はどう変わった?特需がもたらした光と影
朝鮮戦争特需は、日本経済だけでなく、日本社会全体に大きな変化をもたらした
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朝鮮戦争後の日本!高度経済成長への道
1953年7月27日、朝鮮戦争は休戦協定の調印によって、戦闘が停止する