昭和天皇 即位の礼は、1926年の即位から2年後の1928年に京都で挙行されました。喪と準備、旧皇室典範の規定、紫宸殿の儀と大嘗祭まで、その理由と全体像を史料にもとづきやさしく解説します。
この記事のポイント
- 昭和天皇の即位から即位の礼まで2年を要した理由
- 大正から昭和へ、激動の時代転換期の日本社会
- 即位の礼を京都で行うと定めた旧皇室典範の規定
- 紫宸殿で行われた「紫宸殿の儀」の詳細な様子
- 昭和という時代の始まりと即位の礼が持つ歴史的意義
即位から2年後に行われた謎!昭和天皇即位の礼とは
まず、即位の礼とは何なのか、基本から確認しましょう。即位の礼。
- 1926年12月25日、大正天皇が崩御された
- これは天皇の即位を公式に宣言し、祝うための盛大な儀式であり、入念な準備が求められた
- 崩御された直後に、華やかな祝賀行事を行うのは礼儀に反すると考えられた
大正から昭和へ!激動の時代の幕あけ
1926年12月25日の朝、宮中は緊張に包まれていました。大正天皇の容態が急変し、午前1時25分に崩御。
- 大正天皇が国を治めたのは、1912年から1926年までの15年間
- そして1921年、皇太子の裕仁親王が「摂政」として、その務めを引き継ぐことになった
- 大正天皇崩御の知らせは、すぐに全国へ伝えられた
- 昭和という元号は、中国の古典である『書経』の言葉から取られている
なぜ京都なのか?伝統と近代化の綱引き
即位の礼をどこで行うのか。その決定には、思いのほか時間がかかりました。
- 京都は、平安時代から明治維新まで、約1000年にわたって日本の都だった場所
- 明治天皇の即位の礼も、1868年に京都で行われている
- 首都はすでに東京に移っており、天皇も東京の皇居に住んでいる
- それは、天皇を国家の象徴としてみるのか、伝統の継承者としてみるのか――その位置づけをめぐる考え方の違い
壮麗なる儀式!即位の礼の一部始終
1928年11月10日、ついにその日がやってきました。京都は秋晴れの良い天気に恵まれます。
- 午前には、皇室の祖先の神々に即位を報告する「賢所大前の儀」が執り行われた
- 紫宸殿の中央には、天皇の高御座と皇后の御帳台が並ぶ
- 皇族をはじめ、政府の高官や外国の使節、そして国民の代表たちが列席した
- 束帯という伝統的な装束を身にまとわれていた
昭和という時代の始まり!即位の礼が持つ歴史的意義
昭和天皇の即位の礼は、日本の歴史の中でどのような意味を持っていたのでしょうか。
- 千年以上続く天皇制の伝統が、昭和の時代にも引き継がれたことを示した
- 同時に、この即位の礼は、近代国家日本の威信を示す機会でもあった
- 即位の礼を通じて、全国民が新しい天皇を中心に一つにまとまる
- しかし振り返れば、この即位の礼は、新しい時代の幕開けであると同時に、穏やかな時代の終わりでもあった
流れで見る昭和天皇即位の礼
動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。
-
即位から2年後に行われた謎!昭和天皇即位の礼とは
即位の礼とは何なのか、基本から確認しよう
-
大正から昭和へ!激動の時代の幕あけ
1926年12月25日の朝、宮中は緊張に包まれていた
-
なぜ京都なのか?伝統と近代化の綱引き
その決定には、思いのほか時間がかかった
-
壮麗なる儀式!即位の礼の一部始終
1928年11月10日、ついにその日がやっていた
-
昭和という時代の始まり!即位の礼が持つ歴史的意義
昭和天皇の即位の礼は、日本の歴史の中でどのような意味を持っていた