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動画の概要

教科書だけでは分かりにくい「五・一五事件」の世界へようこそ!この動画では、1932年に起きた犬養毅首相暗殺事件の全貌、事件の背景にあった昭和恐慌と政党政治への不満、若き将校たちの「昭和維新」の思想、そして事件が日本に与えた甚大な影響をざっくり解説します。日本の運命を大きく変えた、この衝撃の一日に迫りましょう! この動画でわかること: ・五・一五事件の具体的な経緯と襲撃対象 ・昭和恐慌が農村と都市に与えた深刻な影響 ・当時の政党政治が抱えていた問題点と国民の不満 ・「昭和維新」を掲げた青年将校たちの思想と動機 ・犬養毅首相の最期の言葉とその意味 ・五・一五事件が政党政治を終わらせ、軍部の台頭を招いた経緯 ・事件の実行犯たちが寛刑となった背景と世論の反応 ・五・一五事件が二・二六事件に与えた影響と歴史的評価 このチャンネルでは、教科書だけでは理解しにくい歴史を、ざっくり・わかりやすく解説するシリーズをお届けしています。 もしこの動画が面白かったら、いいねとチャンネル登録をお願いいたします。また、コメントで「あなたが最も興味を惹かれた五・一五事件の発見」を教えてください。 VOICEVOX Nemo ※本動画は、YouTubeチャンネル「歴史ラボ」の公式アーカイブ動画です。 YouTube上で公開を終了した過去の動画を保存・公開しています。

動画のポイントを記事で整理

教科書だけでは分かりにくい「五・一五事件」の世界へようこそ!この動画では、1932年に起きた犬養毅首相暗殺事件の全貌、事件の背景にあった昭和恐慌と政党政治への不満、若き将校たちの「昭和維新」の思想、そして事件が日本に与えた甚大な影響をざっくり解説します。日本の運命を大きく変えた、この衝撃の一日に迫りましょう!

この記事のポイント

  • 五・一五事件の具体的な経緯と襲撃対象
  • 昭和恐慌が農村と都市に与えた深刻な影響
  • 当時の政党政治が抱えていた問題点と国民の不満
  • 「昭和維新」を掲げた青年将校たちの思想と動機
  • 犬養毅首相の最期の言葉とその意味
  • 五・一五事件が政党政治を終わらせ、軍部の台頭を招いた経緯

日本を揺るがした衝撃の一日!五・一五事件の全貌

まずは、五・一五事件が具体的にいつ、どこで、誰によって引き起こされ、何が起こったのか、その基本的な事実から見ていきましょう。

  • 五・一五事件は、1932年、昭和7年の5月15日に発生した
  • 彼らの目的は、当時の首相であった犬養毅を暗殺し、腐敗した政党政治や財閥を打破して
  • 彼らは首相官邸に押し入ると、警備の警察官を排除し、犬養首相を探し回った
  • この首相官邸襲撃と犬養首相暗殺が、五・一五事件の中心的な出来事として知られていますが、実は襲撃は首相官邸だけではなかった

なぜ事件は起きたのか?昭和恐慌と政党政治への不満

五・一五事件は、突然起こったわけではありません。この事件の背景には、当時の日本が抱えていた深刻な社会問題と、それに対する国民の強い不満がありました。

  • 1929年、世界を巻き込んだ世界恐慌がアメリカから始まり、その影響は瞬く間に日本にも波及した
  • 例えば、当時の農村では、お米の価格や養蚕に使われる繭の価格が暴落してしまい、農家の人々は生活の糧を失ってしまった
  • 食べるものがなく、やせ細った子どもたち、いわゆる「欠食児童」が社会問題になった
  • 教科書では「娘の身売り」という悲しい話がよく出てきますが、近年の研究では

若き将校たちの叫び!「昭和維新」と彼らの動機

経済の絶望と政党政治への失望が広がる中、一部の若者たち、特に軍部の青年将校たちは、日本を根本から変革しなければならない、という強い使命感を抱くようになりました。

  • 「昭和維新」とは、かつて明治維新が江戸幕府を倒し、新しい日本を築いたように
  • こうした思想の背景には、いくつかの重要な要因があった
  • ロンドン海軍軍縮条約に対する海軍内部の強い不満である
  • こうした超国家主義的な思想を唱える思想家たちの影響も大きくあった

首相暗殺の瞬間!犬養毅の最期と事件の実行

五・一五事件は、決して行き当たりばったりで起こったわけではありません。実行犯たちは、周到な計画のもと、その日を迎えました。

  • 事件当日、1932年5月15日、武装した海軍青年将校ら約10名は、数班に分かれ、それぞれ定められた目標へと向かった
  • 海軍将校の三上卓少尉らが中心となって、首相官邸を襲撃した
  • 彼らが官邸に押し入ると、警備の警察官たちが応戦しましたが、将校たちは容赦なく発砲し、警察官を負傷させた
  • この時、犬養首相は、襲撃者たちに対して冷静に「話せば分かる」と語りかけた

事件が変えた日本の運命!政党政治の終焉と軍部の台頭

五・一五事件は、犬養毅首相の命を奪っただけでなく、その後の日本の政治のあり方を根本から変えてしまいました。

  • 本来であれば、衆議院で多数を占める政党が内閣を組織するべきだが、当時の日本では、もはやそれができなくなっていた
  • このような状況で、元老である西園寺公望は、次の首相に、どの政党にも属さない海軍の重鎮、斎藤実を推薦した
  • 五・一五事件は、国民の間で「軍部の若者たちは、腐敗した政治家や財閥を倒し、国民のために立ち上がった正義の味方だ」という見方を強めてしまった
  • 軍部は、この事件をきっかけに、政治に対する発言力をさらに強め、政府の政策決定に大きな影響を与えるようになっていいた

五・一五事件の真実とは?残された謎と歴史の評価

五・一五事件は、発生から90年以上が経った今もなお、私たちに多くの問いかけを投げかけてくる事件です。

  • 犬養毅首相という国のトップを殺害したにもかかわらず、実行犯たちは死刑を免れ、比較的軽い刑で済まされた
  • 事件後、実行犯たちの裁判が始まると、彼らの「日本を憂う純粋な気持ち」や「腐敗した政治を正そうとした義憤」が
  • 裁判所には、全国から減刑を求める嘆願書が殺到し、中には、彼らを救うために自らの指を切り落として血判状を送る人々までいたと言われている
  • 特に、その4年後に起こる二・二六事件との関連性は、歴史を考える上で非常に重要

流れで見る五・一五事件

動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。

  1. 日本を揺るがした衝撃の一日!五・一五事件の全貌

    五・一五事件が具体的にいつ、どこで、誰によって引き起こされ、何が起こったのか、その基本的な事実を確認する

  2. なぜ事件は起きたのか?昭和恐慌と政党政治への不満

    五・一五事件は、突然起こったわけではない

  3. 若き将校たちの叫び!「昭和維新」と彼らの動機

    経済の絶望と政党政治への失望が広がる中、一部の若者たち、特に軍部の青年将校たちは、日本を根本から変革しなければならない、という強い使命感を抱くようになった

  4. 首相暗殺の瞬間!犬養毅の最期と事件の実行

    五・一五事件は、決して行き当たりばったりで起こったわけではない

  5. 事件が変えた日本の運命!政党政治の終焉と軍部の台頭

    五・一五事件は、犬養毅首相の命を奪っただけでなく、その後の日本の政治のあり方を根本から変えてしまった

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