教科書だけでは分かりにくい鎌倉時代の世界へようこそ!この動画では、源頼朝が幕府を開いた意外な真実、武士たちの心のよりどころとなった鎌倉新仏教、そして日本史上最大の危機「元寇」が幕府に何をもたらしたのかをざっくり解説します。あなたの鎌倉時代イメージがきっと変わる、激動の時代に迫ります。
この記事のポイント
- 鎌倉幕府の成立年が教科書で変わった理由と、その本当の意味
- 「暗愚」と評される源頼家の意外な一面と、頼朝の人間性
- 誰もが救われる「鎌倉新仏教」が武士と庶民に広まった背景
- 日本史上最大の危機「元寇」の真実と「神風」の謎
- 元寇が鎌倉幕府の滅亡に繋がった「御恩と奉公」の崩壊
幕府誕生の意外な真実!源頼朝と武士の覚醒
鎌倉時代の幕開けは、まさに「武士が主役となる時代」の始まりでした。源頼朝が鎌倉に幕府を開き、それまでの貴族中心の社会から、武士が政治の実権を握る新しい時代が始まったのです。
- この成立年、長らく「1192年、イイクニ作ろう鎌倉幕府」と覚えられてきましたよね
- 頼朝が亡くなった後、将軍の座は息子の源頼家、そして源実朝へと引き継がれた
- 北条氏は、頼朝の妻である北条政子の実家であり、当初は頼朝を支える立場であった
武士が求めた心のよりどころ!鎌倉新仏教と庶民の信仰
激動の鎌倉時代、武士たちが新たな社会を築く中で、彼らの心にはどのような変化が起こったのでしょうか?
- 修行を積み、難しい経典を学ぶことで悟りを開く、といったエリート主義的な側面が強かった
- この新しい仏教は、様々な宗派として現れた
- 栄西(えいさい)が臨済宗(りんざいしゅう)を、道元(どうげん)が曹洞宗(そうとうしゅう)を開いた
- 彼は「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と題目を唱えれば、現世で苦しみから救われ、仏になることができる」と説いた
日本史上最大の危機!元寇が変えた鎌倉幕府の運命
鎌倉時代は、日本史上最大の危機に直面しました。それは、13世紀後半に二度にわたって日本に攻め込んできた「元寇(げんこう)」です。
- 当時のモンゴル帝国は、ユーラシア大陸の広大な範囲を支配する、史上最大級の帝国であった
- そして1274年、最初の元寇である「文永の役(ぶんえいのえき)」が起こる
- 一度目の元寇の後、鎌倉幕府は次の襲来に備えて、九州の海岸線に「防塁(ぼうるい)」と呼ばれる石の壁を築いた
- そして1281年、二度目の元寇である「弘安の役(こうあんのえき)」が起こる
流れで見る鎌倉時代
動画全体の流れを、章立てに沿ってざっくり整理しています。
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幕府誕生の意外な真実!源頼朝と武士の覚醒
源頼朝が鎌倉に幕府を開き、それまでの貴族中心の社会から、武士が政治の実権を握る新しい時代が始まった
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武士が求めた心のよりどころ!鎌倉新仏教と庶民の信仰
激動の鎌倉時代、武士たちが新たな社会を築く中で、彼らの心にはどのような変化が起こった
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日本史上最大の危機!元寇が変えた鎌倉幕府の運命
それは、13世紀後半に二度にわたって日本に攻め込んできた「元寇(げんこう)」